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Case 導入事例
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被災しても周辺地域に影響は出さない

ITシステムで迅速かつ的確に被害状況を把握(旭化成 延岡支社)

総合化学メーカーの旭化成グループで最大の生産拠点を統括する延岡支社(宮崎県延岡市)は、東日本大震災以降、災害対応力の向上に取り組んでいる。 同支社が管轄するのは延岡市と日向市にある二十数拠点に及ぶ工場。 その多くが、住宅地や商業施設と密着し、化学物質を扱う工場も含まれるため、被災時に従業員の安全を確保するとともに近隣に影響を与えないようにすることを延岡支社の災害対策の目的にしている。 これまでも工場施設の耐震補強、貯蔵タンクの流出防止対策、避難タワーや防潮堤の建設を実施してきたが、近年はITを駆使した情報共有システムも整備した。

延岡支社・企画管理部の名井一展氏は「南海トラフ地震でレベル2の津波が襲ってきても、地域に迷惑をかけない対策を進めてきました」と説明する。 南海トラフ地震では、100年に1度発生するマグニチュード8クラスのレベル1(L1)と1000年に1度か、それ以下の確率で発生するとされるマグニチュード9クラスのレベル2(L2)の2つのレベルが想定されている。 L1の場合、延岡地区と日向地区では津波による被害は限定されるが、L2では最大の津波高は延岡市で14メートル、日向市で15メートルにまでなり、到達時間はそれぞれ17分になると想定されている。

写真:左奥が延岡支社企画管理部の名井一展氏、隣が延岡支社環境安全部の竹本昌弘氏、手前左が理事・延岡支社次長兼企画管理部長の鈴木浩二氏、隣が延岡支社環境安全部長の竹本欣弘氏。延岡支社防災センターにて

写真:左奥が延岡支社企画管理部の名井一展氏、隣が延岡支社環境安全部の竹本昌弘氏、手前左が理事・延岡支社次長兼企画管理部長の鈴木浩二氏、隣が延岡支社環境安全部長の竹本欣弘氏。延岡支社防災センターにて

こうしたことから、延岡支社では、各施設の耐震補強と、両地区に大量に存在するタンク流出対策を優先して実施してきた。 東日本大震災のように津波により多くのタンクが海面を漂流すれば、タンク内の危険物や化学物質が流出し、周辺地域に甚大な被害を及ぼしかねないからである。 さらに「特に危険性の高い薬品は、建屋の中で管理しています」と環境安全部で部長を務める竹本欣弘氏は説明する。 それでも、港に接する日向地区の一部地域では、これらの対策だけでは太刀打ちできないため、工場全体を囲い込んで海水の流入を阻止する防潮堤の建設も進めてきた。 日向化学品工場は、2021年に完成した高さ4~5メートルの防潮堤が周囲をぐるりと取り囲む。同年にハイポア日向工場でも新たな防潮堤の建設が始まった。 また、2013年に延岡新港にある新港基地敷地内に、2014年に日向地区にある日向化学品工場敷地内に標高15メートルを越える津波避難タワーを建設。 収容員数はそれぞれ120人及び200人で、新港基地の避難タワーは従業員だけではなく周辺住民にも開放している。

災害情報共有システムによる迅速で正確な状況把握
会議システム、デジタルホワイトボード、Bousaizなどを導入

こうしたハード対策に加え、特にここ数年、強化しているのが地震発生後の災害対応だ。 延岡市及び日向市の広域に数多くの施設を持つ同支社では、災害時の情報共有が大きな課題だった。 そこで、2019年からITシステムによる災害情報共有の検討を開始して2020年から順次、実行に移している。 きっかけは、防災訓練で情報共有に危機感を抱いたからだった。 名井氏は「火力発電所と近隣の工場を対象に発災から稼働再開までの広域災害訓練を実施しました。 訓練自体は成功に終わりましたが、実際は拠点間が離れているので、災害情報の共有がうまくいかないのではないかという話しになり、 距離があってもスムーズに情報をやり取りできる方法を考えようということになりました」と振り返る。 当時の情報伝達の手段は主に電話とFAX。情報共有の主役はホワイトボードで地図や施設の写真を貼り、被害状況などを付箋で貼り付けて行っていた。

スピーディーかつ正確な状況把握を可能にするため、ITシステム化の検討は多岐にわたった。 まず、延岡支社の防災総本部組織と各拠点が立ち上げる部場防災本部組織をリアルタイムで結びつけるために、WEB会議システムは、マイクロソフト社のTeamsを採用した。 当時はまだマイナーだったが、平時から使っているシステムでないと、災害時に使うことはできないとの理由で、日常業務と合わせて活用を推進していくことを決定した。

防災総本部組織と各拠点の部場防災本部組織には、デジタルホワイトボードを設置した。ディスプレイの映像を共有し、延岡支社と離れた拠点の双方向からディスプレイ上に直接情報を書き込める仕様だ。 防災総本部組織が設置される延岡支社内の防災センターには、3台を設置している。 さらに、災害情報共有システムとしてTIS社のBousaizを導入した。被害情報を効率よく集約し、状況把握を容易にするシステムというのが採用の理由だ。 名井氏は「さまざまな企業から出ているシステムを調査しましたが、赤と黄色と青で色分けして表示されて見やすく、直感的にいいと思いました。被害状況を把握するのに優れている」と評価する。

防災・災害復旧システム

各拠点から収集する被害情報は安否、火災、漏洩、生産停止、設備損傷などさまざまだ。これらもテンプレートに従い簡単に入力ができる。 被害状況の表示は、工場単位だけでなく、必要に応じて部門別で表示できるように細分化した。 環境安全部の竹本昌弘氏は「各工場と相談し重要性などを考慮した結果です」と話す。 Bousaizへの入力は、各拠点の通報連絡班が担当する。 とはいえ、入力者は不測の事態も想定されるため、通報連絡班に限定していない。 アカウントは拠点の要望に応じて割り振っている。 被害状況は、ウェブ上の地図に画像を貼り付けたり、コメントを記入することもできる。遠隔操作が可能なライブカメラも設置した。

防災本部組織

各地区の全体像を俯瞰して撮影できるよう、避難タワーを含めた10カ所の高地に設置したほか、ウェアラブルカメラも備えている。 防災センターでは、ライブカメラからの映像やBousaizの画面、地域の地図や工場の配置図などをディスプレイに表示させる。 多彩なツールを活用して延岡支社と各拠点、さらには本社を結びつけ、効果的な情報共有を可能にする体制を整えた。 イントラネット上には、こうした情報を一元管理し、さらに関連するさまざまな情報が閲覧できる「防災情報ポータルサイト」を設置した。 BCPや防災組織体制のような社内情報、新たに整備した化学物質の危険有害性情報のデータベース、政府や自治体の防災情報なども引き出せるようにしている。

防災情報ポータルサイト

「防災情報ポータルサイト」イメージ:防災関連の情報を一括管理しこのポータルを中心に活動する

防災情報ポータルサイト

「防災情報ポータルサイト」イメージ:防災関連の情報を一括管理しこのポータルを中心に活動する

セキュリティとネットワーク、電源を重点的に対策

遠隔地を結びつける延岡と日向地区のITシステム化は、高いセキュリティかつ強固で安定したネットワークを構築しながら進められた。 データは全てクラウド上に保存。クラウドセキュリティはデータ管理のプロフェッショナルが運営するため、社内セキュリティと同等以上と評価した。 ライブカメラのデータの保存期間は1カ月にものぼる。

電力の備えは3重だ。 自社の水力発電と火力発電からの受電に加え、九州電力の系統からの受電、さらに各拠点に自家発電機を設置している。 また、支社と各拠点を結ぶネットワークは、公衆回線を利用した。 独自に構築しなかったのは、堅牢性からの判断だという。 ただし、電柱の倒壊による切断を防ぐために、延岡地区では回線を地下に埋設した。 ルーターのような機器類もバッテリーを備え、倒壊や浸水の影響が低い場所を設置場所に選んでいる。

 

最大の課題はシステムを使いこなすこと
毎月訓練を実施

災害対応をITシステム化した延岡と日向地区で、防災対策として最も重要なのが訓練だという。 竹本昌弘氏は「使いこなせる人がいないと、宝の持ち腐れになる。高い頻度で訓練を行っています」と話す。 二十数拠点のうち1カ所と延岡支社とで毎月開催。これを部分訓練と呼び、拠点を順々に回って実施する。 約2年で1巡のペースだ。内容は、支社の防災総本部組織と拠点の部場防災本部組織との間でTeamsを使った情報伝達、Bousaizによる情報収集、電話での連絡などを行う。 部分訓練に加え年に1回、延岡支社長や次長をはじめ複数拠点の関連メンバーが一同に参加する総合防災訓練を行っている。

宮崎県延岡市恒富地区の拠点
宮崎県延岡市恒富地区の拠点
延岡地区・日向地区

現在、延岡支社で検討しているのがさらなるネットワークの強靱化だという。 延岡地区に続く日向地区のネットワークの埋設化を予定するほか、米国の宇宙ベンチャーであるスペースXが提供する衛星通信網のスターリンクの活用も視野に入れている。 旭化成では、情報共有で次のステップに進もうとしている。 延岡支社次長の鈴木浩二氏は「災害時に対応で追われる工場に負担をかけない、旭化成としての適した情報共有の検討が始まっています。 今後も対策に力を入れていきます」と語った。

 


[協力/提供]リスク対策.com:中澤 幸介